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mako watanabe    ***   like the ocean we share, we are one in the same   ***               動物関連の記事を選びたい方は、カテゴリーの <ペット問題><@仕事> <動物福祉><動物関連イベント> からご覧ください。
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アメリカで児童虐待防止法がつくられるきっかけとなったのは、一人の女児に対する養母による虐待でした。
その案件について警察や慈善団体が手出しできなかった時に尽力したのが、動物虐待防止法の創始者でした。
アメリカでもイギリスでも、児童虐待より先に動物虐待の防止法が存在しています。
「人間と動物を一緒にするな」とお叱りを受けることが少なくありませんが、弱い立場の者たちへの虐待という点では共通点が多いのが事実です。

子どもが虐待されて命を奪われる。
同類の事件が報道されるたび、私たちの胸は痛み「二度と同じことが起きないように」と願います。
けれど悔しいことに、こうして繰り返されてしまう。
表に出ない虐待は、この何倍あるのでしょうか。。。
動物虐待をする人は、その動物に対して非常な執着を見せることが少なくないのですが、人への虐待も似ているようです。
親も飼い主も、虐待する対象を「自分の持ち物」のように思い込み、思い通りにする権利があると信じている節があります。
子どもの命、動物の命は、彼ら個々のものなのに。

社会的弱者である子どもは親の、動物は飼い主の庇護の下でなければ生きられません。
だからこそ、安全に健康に育てる義務があるのですよね。
(それが果たせない人は適性がないとしか言えません)
そして彼らには、安全に健康に生きる権利があります。

一方、適性のない人をも救わなくては子どもたちを守れないというジレンマもあります。
これは動物レスキューでも同じで、たとえ虐待された動物を保護できたとしても、その飼い主が再び同様の事例を起こすケースがとても多いのです。
自分の力量を超えた頭数を抱え込むホーダーにはカウンセリングと、その後の長い経過観察を要します。
虐待を行なった親にも専門家が長期にわたって関わり続けるのでしょうが、知識と経験を持ち、実地訓練を重ねたプロフェッショナルが増えることを望むばかりです。

イギリスのRSPCA(王立虐待防止協会)の調査員は、とても具体的な訓練を受けます。
家庭訪問を想定したものでは、扉が開いた先にプロの役者が待ち受けています。
彼らが扮しているのは、例えばアルコール中毒者だったり、ヒステリックに騒ぎ立てる人物だったり、見るからに強面だったり。
そうした相手とうまく会話し、動物の状態を確認するのは、その後の方針を決めるにあたり重要な鍵となるので有意義な訓練ですし、それ以前に「扉の向こうにいるのがどんな人物かわからない」という心構えが備わるでしょう。

今回の事件で機能しなかった自治体、学校、児童相談所を責めるだけでは何も変わりません。
ならばどうすべきなのか、「わたし」は何をすべきなのか考え続けています。
専門的な意見は言えませんが、個人レベルではまず最初に「どこかで起きた事件」などではなく、自分自身の問題なのだという自覚でしょうか。

動物たちの問題を初めて取材していたとき、目の前の事実が酷すぎるあまりに、「これはわたしの問題ではない。わたしは自分の犬を捨てたりしない」と、自分とは一線を画したい気持ちがありました。
けれど、もしも社会情勢や個人的な事情が変化して、環境や生活が変わったら、それらに対応するうちに自力では及ばない「できないこと」が発生したら。
そうした可能性がゼロではないことや、誰の中にも(自分にも)流されてしまう弱さ、残虐性の種が潜んでいるかもしれないと認めた時に、昨今の事件が起きている社会と、そこに生きることを身近に、そして切実に捉えられるのではないでしょうか。
そうなれば政治と政治家に無関心ではいられないし。

もうひとつは、地域の協力。
隣近所、友だち、その家族、誰もが誰かの異変を感じた時に声をあげる。
これは今の時代なかなか難しいことだと思いますが、弱い者たちは地域で守る方策を考えてゆかなければと思います。

心愛ちゃんと結愛ちゃんの名前にある愛の字。
祝福を受けた誕生だったはずなのに、その意味を知らないまま亡くなったのかなと思うと、胸がつぶれるようです。
加害者である親にも、それぞれ真心のこもった名前があるわけで、彼らが人生のどこからどうして自分の子に暴力を振るうようになったのか紐解いてゆくことも必要なのかもしれません。

思うところはいっぱいありすぎて、拙い文章でごめんなさい。
力不足で、ごめんなさい。
亡くなられた幼い魂が安らかでありますように。
子どもと弱い立場の人たち、動物を守れない社会は恥ずかしいです。

拍手[11回]

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今まで動物たちにまつわる諸問題を発信するにあたり、自分なりに、いろいろ注意を払ってきました。
フェアな視点で分かりやすく書くということ。
偏った考えや厳しい言葉が、この問題に興味を持ってくれる人を遠ざけてしまうし、それは動物たちの味方を手放すことなので、感情的にならないように気をつけています(自分なりに、です)。
ですから、わたしが書くものを長くご存知の方は、ここ数日の怒りが滲んだ文章に多少の違和感や戸惑いを覚えるかもしれませんね。
「(自民党の)議連ではマイクロチップの義務化と、そのリーダー普及に向けた法整備に集中している。それで精一杯の状態だ」
それで、精一杯、なのですって。
わたしの中に長年、澱のように溜まった悔しさ、怒り、もどかしさ、悲しみや涙が、沸騰するようです。
マイクロチップに反対はしませんが、その義務化が業者への規制強化に優先する理由は何なのでしょう?
科学的根拠でもあるんでしょうかッ?
今現在の、ペットの繁殖と流通と販売の現場をご存知の上で、それでも「それで精一杯」と言えるものでしょうか。
マイクロチップで迷子を減らす前に、動物たちを守り、未来の不幸を止める法改正にすべきです。
#OurFlag

拍手[16回]

動物を直接傷つけるだけが虐待ではありません。
基本的な世話を怠るネグレクト(飼育怠慢)や、自分の許容範囲を超えた数を抱え込むホーダー(多頭飼育)なども動物を不幸にする虐待です。
虐待を認定された、動物を飼育する適正がない人、余裕がない人、資格がない人に対する罰則規定として「飼育禁止」を設けることも必要なので、早々に課題として検討いただきたいです。
今回の法改正で「8週齢規制、数値規制、業者の免許制」くらいは即実施にしてくれないと、あとがつかえているのです。
#OurFlag

拍手[10回]

わたしが初めて動物たちの問題に向き合ったのは1999年の夏なので、翌年の法改正までへの道のりについては資料で目にしただけです。
次の2005年の改正時はすべての会議を傍聴し、8週齢規制を本当に今一歩のところで逃した悔しさと不思議さは今も忘れません。
どれくらい近づいたかというと、それが会議の議題になった日に帰宅すると、夕刊の見出しに「赤ちゃんペット販売禁止へ」とあり、友だちから「おめでとう!」と電話がかかってきたのでした。
それが何故、翌週の会議で一転したのか、未だに根に持っています。
2013年の改正時にも、8週齢規制は前回に引き続き課題のひとつとして議論されました。
パブリックコメントにかけられると、業者側は組織票を集めて頑張ったものの(その要請書の実物を見ました)、規制すべきと言う意見が多数派でした。
このように過去2度の動愛法改正時において、8週齢問題は常に大きな関心事のひとつでした。
それが、どうして今「議論がテーブルにも上がっていない」なのでしょうか?
前回と前々回の積み残しの問題ですよ?
過去二回の会議に関わった人たちの時間も労力もまったく無視しているということになります。
法律をより良くするための改正ですよね?
そのために専門家に学び、「科学的根拠」を集め、検証したのですよね?
今の今になって8週齢規制を「議論がテーブルにも上がっていない」と仰る自民党どうぶつ愛護議員連盟事務局長の三原じゅん子議員には、その説明義務があります。
#OurFlag

拍手[13回]

動愛法の改正を願って、もう20年近くも経ってしまいました。
この間、どれだけの数のいのちを苦しませたことか。
大量生産、大量消費の時代は終わらせましょう。
次の法改正では最低限でも8週齢規制、数値規制、業者の免許制の三点は確実に盛り込んでくれなければ。
ペットと呼ばれる愛玩動物以外にも、わたしちは好むと好まざるとに関わらず、動物たちの恩恵を受けています。
実験に使用されたり、食用目的に飼養されたり、動物園や水族館で飼育される展示動物に対する福祉も、もちろん置き去りにしてはなりません。
動物たちは声を持たない社会的弱者と言えるのではないでしょうか。
すべての命に優しい社会、それはきっとわたしたちにとっても住みやすい場所です。
#OurFlag

拍手[7回]

「動物の愛護及び管理に関する法律」が複数回の法改正を経てきた中で、幼い犬猫を販売すべきでないといういわゆる8週齢問題は、いつも今一歩のところで棚上げされてきました。
「科学的根拠がない」との理由でしたが、わざわざ科学的データを作成するまでもなく、日本より進んだ法律を持つ国々が8週齢規制の必要性を認めている事実こそ、この規制が有用である立派な根拠ではないでしょうか。
それがひいては人の安全や幸福につながるなら、この規制を通すべきであるのは明らかです。
でも改正は叶わなかった。
それが人々の関心を集めておらず、民意と認められないのは、当時のパブリックコメントの数に現れています。
8週齢規制について、
「一律に決められるものではない(個体差、科学的根拠が希薄等)」 約5,400件
「生後45日以上とすべきである」 約4,100件
反対する意見の合計は約9,500件でした。
それに対して、
「8週齢以上等とすべきである」 約200件
これでは愛護側の真剣度も問われるし、負けても仕方ありません。
では民意を形にすることに注力しようと、次の改正時は啓発活動に力を入れて、5年後のパブリックコメントはひっくり返しました。
45日齢未満の犬猫を規制対象とすべき 31,408件
業界の自主規制に任せるべき 2,464件
現行基準のままとすべき 12,500件
合計約46,000件
8週齢未満の犬猫の販売(親等からの引き離し)は禁止すべき 43,295件
幼齢の犬猫の販売等について何らかの規制措置を講じるべき 19,099件
合計約62,400件
それでも、叶わなかった。
これ以上どうすればいいのか、あとは何ができるのかと立ち尽くす思いでした。
でも、絶望したくなかった。
4月末に20万筆近く集まった署名を環境大臣に提出しましたが、これは同じく絶望したくない方々の数だと思います。
今回の法改正も、非常に厳しい内容になりそうだと聞いています。
またあの砂を噛むような気持ちにさせられるのかという不安と闘っているところです。
海外では常識となって久しい8週齢規制、数値規制、業者の免許制の実現に、こんなにも長い年月をかけてしまっていることが、日本人として恥ずかしく、一飼い主としてとても悲しく、人として憤っています。
#OurFlag

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小爆弾を抱える身でして、昨年はすわ手術と宣告されてセカンドオピニオンに奔走しました。
(ようやく出会った信頼できる専門医の検診を定期的に受けることで手術は回避中)
なもので、今日は二年ぶりとなる総合的な健康診断の日。
予約が14時半のため、その時間まで絶食。
これが、つらかった……

朝、家を出たところで、道行く女子が片手に持つスターバックスのカップが目についた。
オフィスまでの道すがら、コンビニが目についた。
カフェ、ラーメン屋さん、レストラン、とにかく食べ物の看板のみが目に入る。
「キャバクラ」が「レバニラ」に見える。
バギーの赤ちゃんが、おいしそうに見える。

急いでいる朝など、お茶だけで出かけてしまうことがあるのに、こうして「食べてはダメ状態」を強いられると、何故こうも食への執着が強まるのでしょう?
オフィスに到着した頃には、もうフラッフラです。

何を聞かれても、適当な返事して、ボー。。。
今月は決算だというのに、数字を見てはボー。
大事なミーチングの最中もボー。
やがて12時になり、男子が「お昼に行ってきます」という一言がうらやましくて、殺気立った視線で見送る。

ボーーー

……っとしていたら、周囲から「もう行ってください」「バリウムのお代わりしちゃだめよ」と言われ、早めにクリニックに向かいました。
足下をふらつかせながら到着して一安心したはいいけれど、受付での説明がなかなか理解できなかったり、ただでさえ栄養失調なのに血を抜かれて、さらにフラついたり。
複数の検査が続く間、医師や看護師の言葉に、もはやまともな返答ができないヘタレぶり。

さて、胃のレントゲン撮影です。
部屋に入るなり技師が言う。
「バリウムはだいじょうぶですか?」
わたしは答える。
「はい。お腹すいているので」
先に手を出して待つわたしの手に、技師が紙コップをわたす。
「腹の足し」という言葉が頭に浮かんだのでした。

食べることは大事です。
食べられることは幸せです。
明日も元気でね ❤










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BBCのニュースマガジンより。
ニュース映像もぜひご覧になってくださいね。

_______

2013年3月のこと、ゲイリー・ロバーツは一本の電話を受けた。
チャドとカメルーンの国境付近で100頭の象が殺害されたという噂を確かめてほしいというもの。
彼はセスナ機で、虐殺の現場へ向かう。

「恐ろしい光景だった。密猟者たちが象牙を持ち去って2日の間に地元民が肉をはがしたあとの、ただの骨の山が残されていた」
地面には血の池が広がっており、死骸は何マイルも散らばっていた。
殺された数を確認する唯一の方法は、頭蓋骨を数えることだった。
100頭近い象がここで死んだことを確認した。

「おそらく20〜30頭の群れが同時に襲われたのだろう」
これだけの数を殺すには、密猟者たちは機関銃を使用したのであろう。
「心が張り裂ける光景だ。人が倒される戦場も動物が倒される場も、心と体が沈み込むような恐怖だ」

国立公園当局に報告をして、家に戻った。
すると2日後に、一頭の赤ちゃん象が生き残ったらしいという連絡を受ける。
ロバーツと家族はしばしば孤児の動物を保護していたので、彼は再び子象を探しに向かった。
地元の人たちに尋ねながら、ピックアップトラックを調達し、次の村へと。

子像は25キロと伝えられており、それなら小さい部類だ。
しかし、そこにいたのは生後9ヶ月ほどの160キロの子が木にくくりつけられている姿だった。
首にはロープが巻かれ、傷口は膿んでいた。

小さな生き物は怯え、怒り、家族を失った悲しみをたたえていた。
そして脱水と飢餓も深刻な状態だった。
牛の乳を与えられており(哀れに思った人がしてくれたことなのだが)子どもの象には有毒で、ひどい下痢を引き起こしていた。
「衰弱した上に、木につながれたところを子どもから木片や小石を投げつけられ、気が立っていた」

「近づくと子像は噛みつこうとした。鼻を高く上げて少し構えた。私はその場を動かずに、持参した混合ミルクを与えた」
一時間半ほどで子像は落ち着き、トラックに乗せることができた。

飛行機のところまで戻る2時間のドライブの間に、ロバーツと仲間は子像にマックスという名前をつけた。
この子の救助はまさに彼らの最大限度(maximum)の力を要する困難であるから。
「でこぼこ道の上を走るトラックの後ろにマックスを乗せて走らなくてはならないのだから」

<中略しますが、滑走路に着くと暴徒に囲まれたり、軍が出てきたりします。翌朝になって何とか飛行機の中にマックスと搭乗。機内はきちきちです。マックス、パイロットと他の乗客とで、その飛行機の積載重量を超えていて、マックスが機内で動き回ったりパニックになったりしたらというリスクもありました>

「マックスは下痢で弱っていたので鎮静剤は使えなかった。なので必要であれば動きを抑えられるよう足にロープを巻いた。彼は操縦桿に興味を示したり、鼻を延ばしてわたしの手や顔をさわっていた。ちょっと邪魔だったけれど、ユニークな経験だった」

家に着くと、マックスは疲れきって倒れ込んだ。
ロバーツと妻のウェンディが24時間態勢の世話にあたった。

星空の下で彼と一緒に眠り、マックスが休めるよう人間を遠ざけた。
象は愛する相手を失うことで生きる気力をなくすと知っていたので、そのことも心配だった。

数日後、象の孤児院からボランティアが訪れて、マックスが必要なものと彼のための専門知識が整う。
「飢餓状態の赤ちゃん象の世話は、飢餓状態の人間の赤ちゃんの世話ととてもよく似ています。プロトコルと手順が似ているのです」
ロバーツと妻は栄養失調の子どものためのセンターを営んでいたので、手順には慣れていたのだった。

そのスキルをもってしても、2人がベストを尽くしたにもかかわらず、マックスは10日間しか生きられなかった。

「全力で、できることはすべてやったが」
ロバーツはため息をついた。

「家族が虐殺されるという、心身ともに恐ろしい経験をして、残念なことにマックス自身もいのちを落とした」
彼の死因は牛乳だった。
村で彼が受けとった、唯一の心ある行為が、この結果につながってしまった。

<中略……このあとロバーツの生い立ちや試練を含め、彼のことが綴られています。当時4歳の息子をマラリアで亡くした体験など、現在の彼が彼たる所以を感じさせます>

かつてアフリカ象の群れの移動で知られたチャドでは、凶暴な密猟者らによって10年で4,000頭の象が殺された。
近年におけるチャドの象の頭数は1,000前後で、そのうち458頭は国立公園に住んでいる。
マックスだけが生き残った「フランガの虐殺」は近年最大の虐殺であり、国立公園の外で起こった。
公園内であっても2010年5月には26頭の動物が撃たれている。
それ以来は事態はよい方向に向かって3年間は密猟がなく、象たちは再び繁殖を始め、チャド政府は数百名の当たらしいレンジャーを訓練していた。

<記事はまだ続きますので、ご興味がある方は一番下に貼ったリンクから飛んでください>

アフリカ象は3年で10万頭が殺されています
象牙のために。
象牙を人間のアクセサリーにするために。

そうしてマックスのような孤児が悲しみと苦痛の中で、飢えと渇きに喘ぎながら命を落としています。
ロバーツのように、救おうとする人も命がけです。

それでも人間は象牙が欲しいのでしょうか?

以下が映像と記事です。
飛行機の中の、やせっぽちのマックスの映像を、どうぞ見てやってください。
混合ミルクをもらって、ロバーツに鼻を延ばして、わたしにはご機嫌に見えます。

マックス、ごめんなさい。
マックスの仲間たち、ごめんなさい。

The elephant that flew

こうした野生動物の問題も、犬猫の問題も、同じ延長線上にあると思います。
人と動物を一緒にするなと叱られることを覚悟して言えば、社会や大人からの抑圧や被害を受ける子どもも、社会的弱者という点では同様ではないでしょうか。







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盲導犬が傷つけられた事件が話題になっていますが、防犯カメラの解析や目撃情報から犯人が摘発されることを期待しています。
また、こういうときに効力を発揮する動愛法でなくてはと改めて感じました。
と同時に、もっと補助犬とユーザーさんへ心と目を配る社会でありたいと思います。

働く犬たちに対して「かわいそう」という感情を持つ方は少なくありませんね。
わたしも以前は同様でしたから、お気持ちはわかります。
ぜひ一度、補助犬とユーザーさんに直接ふれあう機会を持ってみてください。

盲導犬も介助犬も、帰宅してハーネスを外せば家庭のペットと同じく、くねくね甘えたり、おもちゃで遊んだりします。
ユーザーさんは補助犬のケアを怠りませんし、育成団体がさまざまな面でフォローします。
ある意味、家庭のペットよりも行き届いた世話をされているとも言えるでしょう。
盲導犬が長生きしないというのも誤解で、寿命はペットと変わらないとのデータがあります。

何かの用事でユーザーさんがその場を離れた時の補助犬の表情といったら、気の毒になるほど心細そうです。
そして、ほんの短い間だったのに、再会にはホッとした顔で安心しています。
補助犬とユーザーさんは深い信頼関係で結ばれています。
それは一般の飼い主さんとペットと同じか、もしかしたらそれ以上かもしれません。

一緒に生きる者同士にとり、一番大切な絆がそこにはあります。
互いが互いを必要として、互いのために一生懸命です。
これ以上、何を求めましょうね……
彼らに会ったあとは必ず、わたしはいつにも増してクータが恋しくなり、走って帰って抱きしめます。

毎日新聞に連載していた頃の記事がこちらにあったので、お時間あるときに読んでいただけたら嬉しいです。

盲導犬を見かけたら

もうひとつ手前味噌で申し訳ないですが、介助犬とユーザーさんのことを書いたエピソードがあります。

世界にたったひとつの犬と私の物語









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先週末の出張のあと、足を伸ばして友人たちとの一泊旅行が今年の夏休みでした。短くても独りでも大勢でも、旅はいいものです。同行の2人は311の被災者です。今までもこれからも、わたしたちは変わることなく友だちでい続けるけれど、あの震災前と後では考え方や生き方さえ変わったことを感じます。人とのつながりや支え合いを今ほど実感する時代もないでしょう。少なくとも今を生きるわたしたちは。これが「戦前と戦後では」などと言う日が決して来ませんように。
今回の旅の間も広島の災害がみんなの心にありました。被災地の方々へ心からお見舞い申し上げます。未だ行方がわからない方が一刻も早くみつかりますように。迷子の動物たちが家族と再会できますように。




















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