mako watanabe ***
like the ocean we share, we are one in the same ***
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今月の「しっぽの気持ち」の後半で、殺処分影像の公開を許可した札幌市動物管理センターのことにふれています。
でも記事を読んで検索した方たちが、その影像を見ることはありません。
削除されたので。
もともとセンターを取材した北方ジャーナルのブログによると「何の予告・照会・警告もなく一方的に削除された」とのこと。
実際に取材した立場からすれば、さぞや憤懣やるかたないでしょう。
こういう可能性もあるだろうとは思っていました。
でも、ちょっと引っかかりもします。
You Tube が「不適切と判断」したわけだけれど、「ペット 処分」で検索すると関連影像は数多くヒットします。
その中で、なぜこの札幌市の動画だけが削除されたのでしょう?
真相は薮の中ですが、はっきりしていることもあります。
北方ジャーナルはレンタルサーバー契約をして、この影像をネット上に存在させ続けるとのこと。
ここから先は私個人の意見です。
11年前の夏に初めて動物にまつわる取材を始めた時から、これを「動物の問題」と思ったことはありません。
便宜上「動物問題」と言ったり書いたりはしますが、でも世の中で「動物の問題」と言われるもののほとんどは「人間の」「人間同士の」「社会の」「人の心の」そして「命」の問題と考えます。
ことペットの殺処分は、これら諸問題をダイレクトに反映しています。
だから巧く説明できれば人は身近に感じ易い、つまり殺処分を知ることが他の様々な問題を学ぶきっかけになってくれます。
生き物が命を奪われる瞬間。
たしかに非情で、残酷で、見るに耐えません。
「見る勇気がない」という方が無理をする必要はありませんが、でも毎日こうして苦しみながら絶命する生き物がいることは、知らなければいけないと思います。
なぜならペットと呼ばれる彼らは、私たち人間が、私たちの都合で人間社会に連れてきた存在だからです。
彼らは野生動物でなく、帰る自然もなく、人に依存せずに生きられないからです。
一緒に生きることで、私たちはたくさんの幸せ、喜び、楽しみや元気を受け取るからです。
そんな犬や猫たちの健康と安全に配慮し、繁殖をコントロールするのは当然の責任です。
けれどそうした最低限のことすら理解されず、守られないのが現状であり、年間約30万頭の殺処分が行なわれています。
また、殺処分という業務は現場の人間にとってつらいものです。
「慣れることなんて、絶対できない」と、苦し気な声を振り絞る職員……
しかし生き物を棄てる人がいて、保護する場所も飼ってくれる人もなく、自治体には引き取り義務があります。
ジレンマ
苦痛
怒り
悲しみ
悔しさ
無力感
それらの重さに耐えかねて職場を去った人は少なくありません。
この現実を、私たちは知るべきではないでしょうか。
今回の件は何かの作用が裏側で働いたのか、ただ単に「残酷だ、かわいそうだ、見たくない」という声がYouTube に届いてマニュアル通りに削除されたのかは知り得ません。
どちらであっても、無知によることに変わりありません。
なかなか報告を書けずにいますが、20日に開かれた神奈川県動物愛護協会のシンポジウムの最後に、7枚の写真を見ていただきました。
100の言葉を並べるよりも、一枚の写真のほうが語ってくれるから、最近は必ずそうしています。

きょうだいでセンターに持ち込まれ、この10分後に簡易処分機に入れられました。
小さな亡骸は、人の罪を問いかけます。
この姿を伝えてゆく責務を強く思い知らされます。
シンポジウムに参加くださった盲導犬ユーザー須貝守男さんが言ってくれました。
「写真は見えないけど、涙が出た。盲導犬の普及活動などで学校に行くとき、これからはこういう犬のことも話すよ」
一人が知ることから広がる力の大きさを、私は信じています。
見る見ないは個人の判断に委ねます。
けれど、敢えて見ようという人の邪魔をしないで欲しい。
影像の公開がどのような結果を招くかわからないのに、それでも名前を出すことをいとわなかった札幌市動物管理センターの勇気。
忘れないし、報いなくては申し訳ないと思っています。

でも記事を読んで検索した方たちが、その影像を見ることはありません。
削除されたので。
もともとセンターを取材した北方ジャーナルのブログによると「何の予告・照会・警告もなく一方的に削除された」とのこと。
実際に取材した立場からすれば、さぞや憤懣やるかたないでしょう。
こういう可能性もあるだろうとは思っていました。
でも、ちょっと引っかかりもします。
You Tube が「不適切と判断」したわけだけれど、「ペット 処分」で検索すると関連影像は数多くヒットします。
その中で、なぜこの札幌市の動画だけが削除されたのでしょう?
真相は薮の中ですが、はっきりしていることもあります。
北方ジャーナルはレンタルサーバー契約をして、この影像をネット上に存在させ続けるとのこと。
ここから先は私個人の意見です。
11年前の夏に初めて動物にまつわる取材を始めた時から、これを「動物の問題」と思ったことはありません。
便宜上「動物問題」と言ったり書いたりはしますが、でも世の中で「動物の問題」と言われるもののほとんどは「人間の」「人間同士の」「社会の」「人の心の」そして「命」の問題と考えます。
ことペットの殺処分は、これら諸問題をダイレクトに反映しています。
だから巧く説明できれば人は身近に感じ易い、つまり殺処分を知ることが他の様々な問題を学ぶきっかけになってくれます。
生き物が命を奪われる瞬間。
たしかに非情で、残酷で、見るに耐えません。
「見る勇気がない」という方が無理をする必要はありませんが、でも毎日こうして苦しみながら絶命する生き物がいることは、知らなければいけないと思います。
なぜならペットと呼ばれる彼らは、私たち人間が、私たちの都合で人間社会に連れてきた存在だからです。
彼らは野生動物でなく、帰る自然もなく、人に依存せずに生きられないからです。
一緒に生きることで、私たちはたくさんの幸せ、喜び、楽しみや元気を受け取るからです。
そんな犬や猫たちの健康と安全に配慮し、繁殖をコントロールするのは当然の責任です。
けれどそうした最低限のことすら理解されず、守られないのが現状であり、年間約30万頭の殺処分が行なわれています。
また、殺処分という業務は現場の人間にとってつらいものです。
「慣れることなんて、絶対できない」と、苦し気な声を振り絞る職員……
しかし生き物を棄てる人がいて、保護する場所も飼ってくれる人もなく、自治体には引き取り義務があります。
ジレンマ
苦痛
怒り
悲しみ
悔しさ
無力感
それらの重さに耐えかねて職場を去った人は少なくありません。
この現実を、私たちは知るべきではないでしょうか。
今回の件は何かの作用が裏側で働いたのか、ただ単に「残酷だ、かわいそうだ、見たくない」という声がYouTube に届いてマニュアル通りに削除されたのかは知り得ません。
どちらであっても、無知によることに変わりありません。
なかなか報告を書けずにいますが、20日に開かれた神奈川県動物愛護協会のシンポジウムの最後に、7枚の写真を見ていただきました。
100の言葉を並べるよりも、一枚の写真のほうが語ってくれるから、最近は必ずそうしています。
きょうだいでセンターに持ち込まれ、この10分後に簡易処分機に入れられました。
小さな亡骸は、人の罪を問いかけます。
この姿を伝えてゆく責務を強く思い知らされます。
シンポジウムに参加くださった盲導犬ユーザー須貝守男さんが言ってくれました。
「写真は見えないけど、涙が出た。盲導犬の普及活動などで学校に行くとき、これからはこういう犬のことも話すよ」
一人が知ることから広がる力の大きさを、私は信じています。
見る見ないは個人の判断に委ねます。
けれど、敢えて見ようという人の邪魔をしないで欲しい。
影像の公開がどのような結果を招くかわからないのに、それでも名前を出すことをいとわなかった札幌市動物管理センターの勇気。
忘れないし、報いなくては申し訳ないと思っています。
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無題
「殺処分は社会問題」「繁殖をコントロールするのは当然の責任です。」
全くその通りだと思います。ユーチューブ上で動画が削除されてしまったということ、残念に思いました。まだ、多くの人が、殺処分=安楽死だと思っています。保健所に努めていた親でさえも知りませんでした。そうではないと伝えることが必要だと思います。無責任な飼い主の持込の結果、ブリーダーの「廃棄」の結果としてどういうことが起きているか、行政がその尻拭いをしている現実、知らねばならないと思います。知らねば何も行動することは出来ません。
タラちゃんの記事も強く心に残りました。タラちゃんは、拾ったばかりのときのうちの愛犬に良く似た目をしていました。助けたくても助けられない命がたくさんあること。いつも心苦しく思っています。それでありながらも、特に裕福ではない一般市民として出来ることも少なく。
そんな中で、渡辺眞子さんのような方が動物愛護法改正のための委員会におられることを大変心強く思います。環境省の議事録も読み応援させて頂きます。いつも、濃い内容の素晴らしい記事をありがとうございます。
全くその通りだと思います。ユーチューブ上で動画が削除されてしまったということ、残念に思いました。まだ、多くの人が、殺処分=安楽死だと思っています。保健所に努めていた親でさえも知りませんでした。そうではないと伝えることが必要だと思います。無責任な飼い主の持込の結果、ブリーダーの「廃棄」の結果としてどういうことが起きているか、行政がその尻拭いをしている現実、知らねばならないと思います。知らねば何も行動することは出来ません。
タラちゃんの記事も強く心に残りました。タラちゃんは、拾ったばかりのときのうちの愛犬に良く似た目をしていました。助けたくても助けられない命がたくさんあること。いつも心苦しく思っています。それでありながらも、特に裕福ではない一般市民として出来ることも少なく。
そんな中で、渡辺眞子さんのような方が動物愛護法改正のための委員会におられることを大変心強く思います。環境省の議事録も読み応援させて頂きます。いつも、濃い内容の素晴らしい記事をありがとうございます。
無題
眞子さんの仰る通り、犬猫の社会的立場をどうこうするのではなく、人間の心の問題が大きく関わっています。
殺伐とした世の中、希薄な人間関係。
私ははじめそういうところで生きて行く息苦しさから、「人の心」に目を向けて心理学を勉強しようと思っていました。
そういう矢先にある保護団体にシェルターでの犬猫の世話をするボランティアに参加を始めました。
自分の中で、回りはそういった活動には優しく見守ってくれる理解があると思っていましたが「世間ってこういうものなんだ」と現状の厳しさを学び、また保護団体といっても人の集まるところです。
いろんな意見や考えがあり、団体の中でも「派閥」みたいなもので「いじめ」や「いやがらせ」などがあることを目の当たりにしました。
なんともやるせなく哀しい現実です。
そういったことで、せっかくボランティアに来てくれる方も足が遠のいて来なくなってしまった人が何人いることか。
私もその団体の「方針」なるものに賛同が出来なくなり、そこでの活動は辞めました。
自分が納得できる納得した方法で、犬や猫、そして人間を救いたいと。。。
そこで、眞子さんの「小さな命を救う人々」に出逢いました。
ヤマナシヘムスロイドで去年行われた写真展で偶然、牧さんとARKのブライアさんとお話をする偶然もありました。
そして眞子さんのブログも毎日、みさせていただいてます。
命と向き合うことはキレイごとではすまされません。
動物たちのこと、それを理解してくれる人だけでいいなんて言っていては、多分、ずっと変わらない気がします。
理解できない人や知らない人に伝え、その人たちの心の中で何かが変わることを少しずつでもやっていこう、そして、1つでも多く天使たちの命が輝けるよう焦らず諦めず続けていこうと思います。
殺伐とした世の中、希薄な人間関係。
私ははじめそういうところで生きて行く息苦しさから、「人の心」に目を向けて心理学を勉強しようと思っていました。
そういう矢先にある保護団体にシェルターでの犬猫の世話をするボランティアに参加を始めました。
自分の中で、回りはそういった活動には優しく見守ってくれる理解があると思っていましたが「世間ってこういうものなんだ」と現状の厳しさを学び、また保護団体といっても人の集まるところです。
いろんな意見や考えがあり、団体の中でも「派閥」みたいなもので「いじめ」や「いやがらせ」などがあることを目の当たりにしました。
なんともやるせなく哀しい現実です。
そういったことで、せっかくボランティアに来てくれる方も足が遠のいて来なくなってしまった人が何人いることか。
私もその団体の「方針」なるものに賛同が出来なくなり、そこでの活動は辞めました。
自分が納得できる納得した方法で、犬や猫、そして人間を救いたいと。。。
そこで、眞子さんの「小さな命を救う人々」に出逢いました。
ヤマナシヘムスロイドで去年行われた写真展で偶然、牧さんとARKのブライアさんとお話をする偶然もありました。
そして眞子さんのブログも毎日、みさせていただいてます。
命と向き合うことはキレイごとではすまされません。
動物たちのこと、それを理解してくれる人だけでいいなんて言っていては、多分、ずっと変わらない気がします。
理解できない人や知らない人に伝え、その人たちの心の中で何かが変わることを少しずつでもやっていこう、そして、1つでも多く天使たちの命が輝けるよう焦らず諦めず続けていこうと思います。
強く、強く、思う
自分の住む町の 動物愛護センターに年に何度か訪問しにいきます。
ふれあい広場にいる子犬や猫、うさぎ、子馬、山羊などに会いにいくために。それから、慰霊碑にささやかな花をあげ、手を合わせ拝むために。
同じ場所で、命が奪われていくのを、やるせない思いで、その棟のほうを見つめる・・・だけど、中に入って、その一匹一匹を抱きしめてあげることも出来ずに、ごめんね、ごめんね、 何度も心でつぶやく。
センターの職員さんたちの苦しくて、虚しくて、張り裂けそうな心を想像しただけで、怖くなった。
それ以上に、ある日突然、死ななければならなくなる、彼ら(犬・猫)のことを思うと、やはり、このままではいけないと強く感じた。殺処分のない世の中に、一日も早くしなければならない。
ふれあい広場にいる子犬や猫、うさぎ、子馬、山羊などに会いにいくために。それから、慰霊碑にささやかな花をあげ、手を合わせ拝むために。
同じ場所で、命が奪われていくのを、やるせない思いで、その棟のほうを見つめる・・・だけど、中に入って、その一匹一匹を抱きしめてあげることも出来ずに、ごめんね、ごめんね、 何度も心でつぶやく。
センターの職員さんたちの苦しくて、虚しくて、張り裂けそうな心を想像しただけで、怖くなった。
それ以上に、ある日突然、死ななければならなくなる、彼ら(犬・猫)のことを思うと、やはり、このままではいけないと強く感じた。殺処分のない世の中に、一日も早くしなければならない。
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