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mako watanabe    ***   like the ocean we share, we are one in the same   ***               動物関連の記事を選びたい方は、カテゴリーの <ペット問題><@仕事> <動物福祉><動物関連イベント> からご覧ください。
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前にも書いたかも知れないのだけど(加齢による曖昧な記憶……許して)、私が小学生だったころのこと。
低学年で転校した公立小学校は商店街の目と鼻の先に位置していて、クラスメイトは乾物屋の娘とか文房具店の息子とかばかり。







放課後に遊んでいても、ちょっとした買い物に出かけても、周囲には顔見知りの大人がたくさんいて「元気か」とか「プールで何メートル泳げたか」とか、声をかける。

男の子にいじめられて泣いていれば、八百屋のお姉さんが飛び出してきた。
財布を忘れたときは「あとでいいよ」と言ってくれた上に「これも持って行きな」と、おまけしてくれたり。

担任の先生は、児童のきょうだいのことも、家庭のことも、よーく知っていた。
親同士の交流もあり、家に遊びに行くと余所の子どもも同等に扱われて「○○の母ちゃんは、おっかねー」なんてね。







私はひとりっ子でカギっ子だったので、隣のおばさんと、おばあちゃんが、いつも気にして声をかけてくれた。
それはもう、しつこいほどに。

私は大人の中で育ったから、変に達観した可愛げのないコドモで、甘え下手だった。
(それはずっと変わらず、ものっすごく損してると思う!)
しかし遠慮して後ずさりする、子どもらしくないコドモの態度なんて、まるで無視。
大人たちのポジティブなお節介は、私が引っ越すまで続いた。







あの頃を思い出すと、なんというのか、土着的な愛情を感じる。
コミュニティーの中で育てられた感覚が、今もしっかり残っているのだ。

初めてアフリカのケニアに旅したときの既視感は、あの当時につながっていたのだと思う。
マサイの小さな村で、母親は自分の子どもも他人の子どもも、はては家畜も同じように扱っていた(ように見えた)。
べたべたした愛情じゃないし、厳しいけど、危険を回避させ「こっちが正解」と、身につけるべき事柄をしっかり教えてた。

うるさいくらい、あれだのこれだの声をかけられる。
誰かが自分を気にしている、見守ってくれている。
なんて安心できることだろう。
どれほど幸せな育てられ方かと思う。
昔はどこでも、何処の国でも、きっと同じだったのだろう。

そこでは、老いた親の行方が知れないなんていうことも、幼い子どもが気づかれないまま何日も置き去りにされることも、なかったはず。
ペットの飼い方も現代のような気配りはなかったけど、目を覆うような虐待もなかったろうと思う。







前置きが長くなりましたが、そんなことを思い出させてくれた一冊。






著書のなかのまきこさんは、動物を使った実験をせずに獣医師になった。
生き物へのこよなき愛情を持つ彼女が、いかにして路上の人々と係り合い、つながりを紡いできたかが、やわらかな文体で綴られる。

人も動物も、それぞれたったひとつの命の持ち主であることは変わりない。
彼らへの温かな眼差し。
弱者に対する優しさに欠落する社会への、静かな怒り。
ふたつが混在してたどり着いた先に、彼女の現在の立ち位置がある。







今、小さな集合住宅に住む私は、上下階の居住者の顔を知らない。
交差点の信号待ちで小学生と目が合い、笑いかけようとした瞬間に、その子は慌てて視線を逸らせた。
知らない人と係ってはいけませんと、親から厳しく言われているのだろう。

それは多分、現代社会に生きる子どもの安全に必要なことなのだ。
ちょっと淋しいなんて思ってはいけないと、そう納得しなければいけないことが、ちょっと淋しかったりする。
その子に向けた笑みのやり場に困りながら。

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無題
前回に引き続き、私は子供のころの近所のおせっかいが好きです。
団地に住んでいたので、同じ棟に住む子供は皆「その棟の子供たち」でした。おっかないおばちゃんもいましたが、みんなが子供やその家族を気にかけ、自分の子供と同様にすべての子供に接していました。やはり一人っ子でカギっ子だった私も周囲のおじちゃんとおばちゃんに育ててもらいました。もちろん両親の愛情も。
犬に対しても現代の擬人化した接し方とは違いましたが、犬は犬として愛情を持って接していたように思います。
昨夜、ニュースの動画でセンターに犬を持ち込み「ここで預かるということは処分するということなんですよ」という職員の方に「いいですよ。かまいません」と普通に受け答えする飼い主の姿が映し出されていました。それがごくごく一般の女性で、私はショックでした。自分が連れてきたのは一つの命だという認識がまったくありませんでした。
その感覚がわからずちょっと混乱しています。。。。
みんみん 2010/08/06(Fri)19:01:09 編集
Re:無題
みんみんさん

そういうコミュニティーは、今も何処かにあるのかしら。
あったとしても、昭和の名残のような形でしょうか。
後戻りはできないのだろうけど……いい時代でしたね。
善悪とか良識とかを学ぶ場が、今はないのかもしれません。
【2010/08/06 21:06】
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