エッセイ <一緒に歩こう>
今から十年前の話なので現在とは世情も違っていると思うが、ブラジルで、この山
一つ全体がスラムです、という場所を訪れたことがある。いろは坂のような曲がりく
ねった細い道をくねくね登ると、はたしてバラック小屋あり、家族総出で煉瓦を積ん
でマイホーム建築途中の現場あり、なんでもありの光景が眼に入った。住むところの
ない人が、こうしてどんどん勝手にやってくるらしい。
大人一人がようやく通れる広さの路地は昼間だというのにどこか仄暗く、どこか不
気味だ。蒸し暑さのため、あちこちの家のドアが開け放たれており、そのうちの一軒
を覗くと、そこは商店であった。やはり暗〜い店内には、歯ブラシや鉛筆、お菓子な
どが意外にきちんと棚に納まっている。さしずめコンビニエンス・ストアといったと
ころであろうか。ところが、グルリと店内を見回して最後に見えてしまった物体に思
わずのけぞった。さっきからの臭いの源、牛か豚の首から上の部分の皮を剥いだもの
が鎮座していた。このコンビニは生肉も扱うのだ。但し、真夏の暑さでも冷蔵庫なし
で。勇気のいることだ。
その向かいの家は、ガランとしていながらも一家がテレビを見ている。テレビを買
う余裕のある人もいるんだ……ここで素朴な疑問が湧いた。電気はどこから来るの?
その山は居住地として許可されていない。それなのに、なぜか電線らしきものがあ
ちこちに巡らしてあるではないか。案内をしてくれた人に尋ねたところ、事も無げに
簡単明瞭な返事であった。
「下の町から盗んでくるの」
彼女が指さす坂の下には、皮肉にも超高級マンションが立ち並んでいる。貧富の差
が激しいとは聞いていたが、両者がこれほど隣接して生活しているとは驚いた。二つ
の”住宅地”は、ほんの数メートルしか離れていない。
その二つを分け隔てる道路で子供たちがサッカーに興じている。遊びに熱中した様
子は日本と同じでも、そこには、びりびりに破れたシャツを着た子や、裸足の子がい
る。私たちを見つけると、全員が一斉に走ってきて、お金かガムを頂戴とねだった。
彼らが一心に追うのは、今はサッカーボールだけれど、数年したらもっとたくさんあ
るだろう。そのとき、自分で働いて買うんだよと、余所から無断で電線を引っ張って
くる山に住む親たちは、きちんと教えられるだろうか。
そのあとアフリカに飛び、タンザニア郊外の小さな村へ行ったときのこと、幼稚園
があり、園児らが声を張り上げて歌っていた。あんまり可愛らしくて聞き惚れていた
ら、一人がそっと私の手を取った。嬉しくなって一緒に歌っているうち、いつのまに
か私は40人ほどの子供たちに囲まれていた。子供の歌声というのは、それだけで特
別な音楽だと思う。澄んだ真っ直ぐな声に心は和んでゆく。
その旅は私をさらにアフリカの懐へと導き、たった一枚の布を身体に巻き付け、槍
を手に放牧をする人たちに会わせてくれた。彼らが住む平原には電気がないどころか
、その発見すら関係しない。陽が昇れば働き、暗くなれば家族とともに火を囲む。そ
こでの語らいはさぞ暖かく、親密で、いつ終わるともしれないものであろう。決して
便利ではないが、とても心地よさそうだ。貧しさ、ものがないという点ではブラジル
のスラムの数段上をいっている。けれど人類が生まれたころからの、人類がもっとも
必要なものが、そのままの形で大平原にポツンと残っているのだ。どんなに大きな星
より輝いて。
私が小さかったころ、空に穴が開くなんて、雨が危険だなんて、思いつきもしなか
った。信じて疑わなかったことは他にも山ほどある。大人は皆、平和を重んじ、子供
を大切にし、戦うことは醜いのだと思っていた。そして私は大人になり、いつからか
世界で何かが少しずつずれてゆくのを感じ始めた。テレビの画面に映し出される子供
たちの悲しい表情……何か助けになることをしたいと願いつつ、あらゆる面で恵まれ
すぎだ自分の環境で、そうした問題を語ること自体、どこか無責任で申し訳ない。戦
争、飢餓、貧困、虐待、自然破壊……現代の人類が子供たちから奪ったもの、与えた
傷は、これからどうなるんだろう? 私にできる有意義なことって、なんだろう?
問いが増えるばかりで外国へ出ると、小さな子がどんなふうに生活しているのか、つ
い眼が行ってしまう。
一つの答えに出逢ったのは、その数年後であった。私の父が個人的に何年間かに渡
り寄付をしていた南アフリカ共和国の養護施設を訪問した折りに、重度の障害を持つ
六歳以下の幼い生徒たちの教室に案内された。父の寄付は、そのクラスの増設と新任
の若い先生を迎えるのに役立ったのだという。ヘッドギアをし、歩行訓練器を使って
歩く練習中の少年は、小さな両肩にあまりあるハンディキャップを背負い、そして明
るい。額にうっすらと滲んだ汗は、誇らしげだった。
今、泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせながら、私は少し安心していた。頭
の中にいた”可哀想な”、”貧しい”子供たちは、生き抜く強さだって持ち合わせて
いる。何をしてあげるかでなく、何をどう一緒にできるか、ここから始めればいいと
教えてくれる。彼の歩みと同じに一歩ずつ、ゆっくりと。
その痩せた背中に触れた私を見上げると、少年は真っ白な歯を見せて、とびきり素
敵な笑顔をくれた。