エッセイ <水も滴る水難の相>
さて私には、どうも水難の相の気配がある。占って貰った訳じゃないから定かでこ
そないが、そうとしか考えられない体験が幾つかあるので聞いていただきたい。
まずは、ホントに溺れかけた。幼少のみぎり、海で浮輪からスルッと抜け落ちたの
だ。膝を抱えるかっこうで、グルングルン回転しながら墜ちてゆく感覚をはっきり覚
えている。映画”ジョーズ”の一場面のように、大勢の脚を水面下から見たショット
もくっきりと思い出せる。近くにいた人がすぐに拾い上げてくださったから、ほんの
数秒間の出来事だが、思えばあれが水難の始まりであった。そしてそれはビッグ・ウ
ェイブのごとく数年おきに必ずやってくるのだ。ドッカーンと。
悲運が再度、何の前兆もなく訪れたのは、小学校高学年のころであった。当時”ア
タック・ナンバー・ワン”や”サインはV”といったバレーボールものがテレビで流
行っていて、少女たちはすっかりその気になっていた。ミニスカートを翻し、パンツ
を見せながら、
「それっ、稲妻サーブ! 受けてごらんなさい!」
とか、
「見たか、回転レシーブ!」
なんて、暇があればビニールボールで戯れていた。そのころ、私の家のお隣は金魚
問屋さんで、そこの娘と毎朝一緒に学校へ通っていた。そしてその朝も私は彼女の家
に寄り、いつものように”ちょっとだけ”バレーボールをしてから出かけようという
ことになった。場所は彼女の家の玄関前、子供の腰の高さほどの、鯉のプールの横で
ある。ここまで条件が揃えば、もうご想像がつくでしょう……その通り、私は期待を
裏切らない。天才バレー選手になりきったまま、あまり熱心にボールを追った末、顔
から水に突っ込んだ。
普通の水なら、まだ許せます。鯉のごっちゃりうごめいているプールですよ。なん
たって問屋なんだから売るほどある。青臭くて生臭くて、鯉がタタミイワシ状態に詰
まっているプールにダイビングしたのだ。おまけに藻もいっぱいで、ヌルヌルしてる
んだから。
頭に藻を乗っけて、服から臭い水滴をぽとぽと後に残しつつ、ヘドロから出没した
妖怪みたいな姿で泣きながら家に帰った。ショックから立ち直れぬままシャワーを浴
び、それでも健気に学校へ赴き、遅れて教室に入ったところで一斉にドッと笑いが沸
き起こった。いや、笑いというよりも歓喜と嘲笑の渦というほうが正しい。噂という
のは、その可笑しさに比例して広まるのが早いのだ。まったく子供は正直なだけ、と
きとしてひどく残酷である。同情を知らない。礼儀をわきまえない。見て見ぬふりと
いう思いやりがないから困る。……あれ、先生も笑ってたような気がする……。
とにかくそれ以来、金魚の類は大の苦手である。見るだけでゾオーッとする。学生
時代に食堂の入り口に金魚の水槽があったが、あれを見ないように食堂に入るのに苦
労したものだ。駅の改札口にも水槽を設置している個所があるが、あれって、どうに
かならないだろうか。金魚が怖い人もいることを考慮してほしい。
最後は大人になってから、南の島の人気ない海でのお話だ。いい気になって沖のほ
うまで泳ぎ、そろそろ引き返そうかと向きを変えた私の目の前に、海坊主のようにぬ
うっと、同年代の男の子が出現した。私は「ギャーッ!」と叫んだ。当たり前ではな
いか。その瞬間まで視界には人っ子一人いなかったのだ。ひたすら青い空と青い海が
広がっていただけなのだから。そしたら失礼なことに、その男の子も、ほぼ同時に「
ギャーッ!」と叫んでいた。遠くで波の音だけが響く穏やかな海の静寂を、この二人
が乱したことは間違いない。なんてヤツだろうかと思い、そそくさと、その場から離
れることにした。……がしかし沖へ出るのは、あれほど容易かったのに逆はなかなか
進まない。手足を懸命に動かしても悲しいかな、潮の流れだか緩やかな波だかに戻さ
れてしまうのである。
一瞬のパニック。そんなとき、事態が益々悪化してこそ水難の宿命だ。あろう事か
件の海坊主が声をかけてきたのだ。
「どっから来たの? 東京? 今晩ディスコにでも行かへん?」
あーれー、である。地に足すら着かない場所で動きが取れず、必死に泳げども泳げ
ども一向に陸地は遠く、その間、海坊主にナンパされている状況は相当キツイ。一方
、敵はさすがに水の子、悠々と浮かびながら喋り続けているではないか。私としては
首から上は余裕あり気に曖昧な返事などしつつ、水中ではもがいていた。……だって
、あまり素気なくしたがため、彼にいつ殺気が生じないとも限らない。あの状態の私
を水の中に押さえつけるなど、二歳の子供でもできる……それも、傍目には立ち泳ぎ
で会話しているとしか映るまい。
あんなに疲れたことってない。ようやく海岸にたどり着いたら、身体中の力が一滴
も残っていなかった。体力を消耗しきったので、その日は一日中、砂浜から動けなか
った。お陰で全身が陽に灼けて赤むくれになり、ヒリヒリして夜も眠れない。三日目
に水泡ができ五日目には、それが全部、破裂した。東京に戻ったら今度は皮膚がとこ
ろどころベロベロに剥がれて”白昼のゾンビ”と友人たちに恐れられた。
これを不幸と呼んでは、もっと不幸な方々に申し訳ないが、取りあえず私のような
人間は水際を避けた歩いたほうがよろしいと、このとき、しっかり心した。夫となる
人の名字は、山とか木とか原とか田とか、絶対にドライ系だわと決めている。