エッセイ  <おとうふ>
 
 日曜日と祝日以外の朝は毎日、窓を開けると、ふんわり甘い香りが空気に混じって
いる。お昼をまわるころには、カンカンカン! と威勢のいい音が、眼下の道に響き
わたる。香りの元は、大豆を茹でている老舗のお豆腐屋さん。音のほうは、午後にそ
の出来たてのお豆腐や蒟蒻や白滝を入れて配達する缶(石油缶を横半分に切った形)
のでこぼこを叩いて修正する音だ。
 今、住んでいるマンションに越して来た当時、そのお店は表通りに面していたが現
在は同じ土地にビルが建ち、店はビルの裏側の一階、金を売る店舗の裏隣という見事
にミスマッチしたロケーションに移動した。そして私の部屋のベランダから、ひゃい
と頭を出すだけで斜め四階下にお豆腐やさんの店先と看板が目に入るようになった。
 お店には50代のご夫婦と古くからいる従業員に加えて、常時二、三人が働いてい
る。その顔ぶれは、たまに変わるのだが、数年前からアジア系の外国人が応対してく
れるようになった。日本語が片言でちぐはぐな会話を見かねると、店の奥から奥さん
が走ってくる。
「すいませんねえ、入ったばかりなもので。はい、これとこれね、差し上げてね。お
代を頂いて、そう、お釣りはこれ、お渡しして。はい、毎度ありがとうございます」 
 これでは最初から彼女が出てきたほうが、よっぽど手間が省けるし早いというもの
だ。聞けば彼らは中国からの留学生で、朝から午後三時ころまで、ここで働いている
らしい。日本人の職人さんと彼らが、お昼休みに談笑している姿や、寒い寒い冬の日
に、手や鼻の頭を赤くしてお豆腐を渡してくれるのを、よく見ていた。雇う側、働く
側、互いにいろいろと障害があるだろうに頑張ってるな、長続きするといいな、と思
っていた。
 そんなある年末の押し迫ったころに突然、わが家のテレビが不用になってしまった
。型こそ古いが、まだまだ立派に映る代物である。丁度、家に来ていた人が本郷に住
んでいるので、近所の学生さんで欲しい人いないかしらと訊ねたら、一笑に付された。
「三月の卒業シーズンにはね、新品同然のテレビや冷蔵庫が学生専用マンション前の
道ばたにズラ〜ッと並ぶのよ。見かねた大家さんが『まだ使えます。どうぞお持ちく
ださい』ってメモを貼っておいたって、持っていく人なんかいないんだから」
「だって東大の苦学生とか、いないの?」
「(一層大きな一笑)今はお金持ちでなきゃ、東大なんて入れないの」
 なるほど。それにしても、うちのテレビを捨てるのは忍びない。涙をのんで(大袈
裟か)そうするとしても、粗大ゴミ回収は申し込んでから引き取られるまで数日かか
るし、ときは年末、お休みの間中、大きなテレビを家に置いておくのも……いつもの
ようにボウッとしながら良い策はないものか考えあぐねてい私の頭に、白くて四角い
物体が閃いてぶつかった。お豆腐やさんの、あの留学生たちはテレビを持っているか
なあ……。
 店先から奥さんに声をかけてみる。お店は大掃除の最中で、留学生たちは床をタワ
シでこすっては水を流していた。失礼にならないか心配しながら、どなたかこちらで
古いテレビを貰ってくださらないかしらと伝えたら、彼女は顔を輝かせて、
「まあ、本当ですか? いいんですか? うちの子供たちが欲しがると思うから聞い
てみます。ちょっと待ってくださいね」
 と言った。
 私は少し戸惑った。うーん、お宅のお子さんじゃなくて、そこで床掃除をしている
彼らにと思ったんだけど……その視線の先に彼女は屈んで話しかけた。男の子たちは
水の滴り落ちるタワシを手に、彼女を見上げている。
「あのね、この方がね、テレビをくださるっていうの……」
 ひとこと、ひとこと、ゆっくりと区切るように、分かりやすいように、手振りを交
えて説明していた。子供たち、とさっき咄嗟に口にしたのだ。「うちの子供たち」と。
 師走の冷たい風を吸い込んだせいでなく、一瞬、鼻の奥がつんとした。
 
”袖振りあうも多生の縁”という言葉が好きだ。現代っ子には、この意味が分からな
い人も、あるいは分かったところでなぜそれが素敵なのか解さない人も多いと思う。
実際のところ、どんな身近な間柄でも(またはそうであるが故、なおさら)、人付き
合いは面倒なことが多い。だから手抜きも多い。けれど本物の優しさで、それを一生
懸命に育んでいる人も確かにいるのだ。
 優しいという字は、人を憂うると書く。